自分がやりたいことなんてそう簡単に見つからない

「自分がやりたいことを見つけなさい」

「好きなことを仕事にしなさい」

「夢を追いかけなさい」

みんなが言う。素晴らしいセリフだと思うよ、やりたいことがわかってる人にとってはね

やりたいこと見つからない歴7年。私はもうやりたいことが見つからないプロと言ってもいい。

自己分析、心理分析、もちろんやった。

やりたいことが見つからない場合は、過去の楽しかった体験を振り返ってみたらいいという。だから振り返ってみた。自分は考えることが好きだとわかった。でも、だから何をすればいいんだ?さっぱりわからない。

公園に行って、1日考えてみた。でも答えは出ない。山手線に乗って3週くらいしてみた。でもわからない。自腹切って、セブ島に留学してみた。もちろん刺激あった。日本に帰国してTOEIC受けたら900点取れた。だから何?さっぱりわからない。

そうこうしているうちに、社畜生活で心が病んできた。積もり積もった不満を上司に爆発させたら、敬遠されるようになった。もう会社を辞めたいと言った。そうすると散々引き止められ、そのままズルズルと3年も居させられた。

辞めたい辞めたい辞めたい。繰り返していたら、ようやく辞めることができた。一応名誉のために言っておくと、小学生のようにダダこねて辞めたわけじゃない。ちゃんと筋は通した。政治的な根回しもした。仕事の引き継ぎもしっかりやった。その結果、辞めるのに1年以上かかった。辞めてある部分ではモヤモヤが晴れて、スッキリした。

でも、やりたいことは未だ見つかっていない。

将来が不安だ。将来といわず、明日が不安だ。みんな独立して、生活に困らない程度には稼いでいる。でも自分はどうやって稼げばいいのか。自分には何の専門的スキルもない。何かを身につけないと飯が食えなくなる、そんな想いから資格試験の勉強を始めた。資格試験に合格したから飯が食えるわけじゃない。わかってる。何もしなかったら不安はたまっていく一方だから勉強する。でも、勉強してても不安が消えるわけじゃない。

早く楽になりたい。死ねばいいのかな?消えてなくなりたい願望はある。でも死ぬ勇気もない。自殺する人ってすごい覚悟だよ。こんな状態を続けてたら、いずれは路上生活者になるのかな?それは絶対嫌だな。サラリーマンに戻ればいいのかな?でも組織の人間になるのは向いていない。15年以上サラリーマンやってきた結論だ。

で、結局どうする?さっぱりわからない。

まだ貯金があるから、今は勉強に集中しようじゃないか。今年試験を受けて、その結果がどうであれ、来年から仕事をしようと思う。中途半端な気持ちで勉強しているのはわかっている。試験に落ちたら絶望に打ちひしがれて人生に絶望するだろうし、資格に合格したからって飯が食えるようになるわけじゃない。でも、今は現実逃避のために、勉強する。

ただ、一つ確かなことがわかった。

ジッとしててもやりたいことは見つからないということだ。もう少し詳しく言えば、ジッとしていなくても、やりたいことが見つかる人と見つからない人がいるのだが、ジッとしていたら「絶対に」見つからない。それはなぜか。

自分がやりたいことは、「自分の好きなこと」という一般的な意味と、「他人に求められてそれに応えようとすること」の2種類がある。前者は自己分析を繰り返せば出てくるもので、一人で探すことが可能。でもこれが見つからない人って意外と多いんじゃないかな。しかし後者は、他人のニーズや、他人からの評価がわからないといけない。他人のニーズを理解するには、他人のそばに行かないといけない。ネットで検索してわかるものではない。

だから、自己分析をやっても自分が何をやりたいかわからない人は、自分のことを必要としてくれる誰かがいるのか、みんながどんなサービスを必要としているかを、外に出て理解しなきゃいけない。自分一人でウンウン悩んだって、人が何を考えているのかなんてわかるはずがないからだ。

そんなことを考えながら、出不精の私はすっごい勇気を振り絞って、たまにセミナーとか交流会とかに行ったりする。そうやって、少し人脈が広がって、お仕事をもらえたりもした。ありがたい限りだ。その仕事も自分がやりたい仕事じゃないんだけど、目の前のものをこなしてみるというのも一つ大事なことなんじゃないかと自分を言い聞かせて、一歩一歩亀のように進んでいる。

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