障がい者と私たち、何が違うのだろうか

障がい者と健常者の違いって何なのだろうか、と考えることがあります。

何らかの能力が欠乏している人間を障がい者と呼ぶのであれば、「仕事する能力ゼロ」とか「人の気持ちを理解する能力ゼロ」って障がい者じゃないのかな、と疑問に思います。「人の気持ちを理解する能力ゼロ」って、もう障がい者だよね。

みんなどこかしら劣る能力があって、そこに「腕を動かす能力ゼロ」とか「目が見える能力ゼロ」とか何らかの閾値を設けたことで障がい者カテゴリーに属することになるんだとすると、そのカテゴリーの仕方をちょっと変えるだけで、障がい者と呼ばれる人たちが全く変わってきます。

人間を無理やり点数化できるとすると、100点満点の人間なんかほとんどいなくて、ある分野は7点、ある分野は3点、みたいに、凸凹の点数を積み重ねていって、合計70点の人間とか、合計50点の人間とかがいることになる。レーダーチャートを思い浮かべるとわかりやすいと思います。

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その中で、障がい者と呼ばれている人たちが何点になるかと言えば、障がい者じゃない人たちと比べて大差ない気がします。頭がおかしい健常者なんていっぱいいるしね。

じゃあなんで障がい者って呼ぶのかというと、インフラ面でその人たちのために特別の配慮をしてあげないと、日常生活ができないからだと思います。車いす生活の人にエレベータを設置してあげないと、行きたいところに行けないから。その意味では、障がい者じゃなくて、要支援者、と呼ぶべきではないでしょうか。

ちなみに、障「害」者ではなく障「碍」者だという議論はちょっとくだらなすぎて、論じるだけ時間のムダです。漢字の当て字をどうするかは本質的な議論じゃない。

真面目に生きている多くの障がい者の方は、障がい者と呼ばれた時点で差別に巻き込まれています。心が荒んだ悪徳障がい者との区別をつけるためにも、障がい者という呼び方を変えたほうがいいんじゃないかと思います。

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